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神輿の練り合わせ

一の丸鳳凰 神輿幟 S61宇佐崎 S62年中村 2008年神輿新調 2009年神輿鑿入式

昭和61年・宇佐崎練り番(神輿新調・白木の神輿)・写真撮影(明石・福本氏)
昭和62年・中村練り番(左より一の丸・2の丸・3の丸)

一の丸 品陀和気命(ほんだわけのみこと) 【應仁天皇 神輿の紋;【龍
二の丸 息長足姫命(おきながたらしひめのみこと) 神功皇后】 神輿の紋;【五七の桐】
三の丸 比淘蜷_(ひめおおかみ)三女神::多岐津姫命・市杵嶋姫命・多紀理姫命】 神輿の紋;【左三つ巴】   

神輿練り上げの時の掛け声
 世々(ようよう) 我モ招迎ヤ(わもしょうげや)
  面白ヤ(おもしろや) 
   汝納 俵担ヤ(なんじゃのう ひょたんや)
    サア 越頭栄(さあ えっとえい)
屋台=総才端 神輿=曲総才
☆神輿の練り合わせ(ぶつけあい)=神功皇后が三韓征伐時の軍船(神輿」のゴイナ
(貝類)落とし=船の進行(速度維持)

☆三台の神輿は神功皇后の三韓達征(朝鮮半島南部の新羅、百済、高句麗)の砌の
軍船になぞられたもので、周囲に持っている青竹は今、
けんご(警護)しで竹と称しいるが鑓、なぎ刀、太刀になぞられられたもの。

松原八幡神社の神事とさる神輿を幾度も打ち合わせているのは、風波の為に船の舷と
舷が振れあっていた往事を偲び神輿を青竹で打っているのは
鑓やなぎ刀で船端をたたいて凱歌を挙げる意味であります。

神輿三躰新調(宇佐崎練番時に新調)=明治12・43年・大正5・13年・昭和25・47・61年・平成20年
   平成20年4月20日(日)午前10時より神輿鑿入れ式

文化5年(1808年)1の丸、2の丸、3の丸として神輿登場